
主任技術者の「守備範囲」と責任の分岐点
キュービクル事故の最終的な設置者責任はオーナーにありますが、電気主任技術者は「保安監督義務」を怠ると過失を問われます。 責任の分岐点は、「事故の予見と適切な指導(報告)」を行っていたかにあります。数値や写真を用いた客観的な点検結果に基づき、改修の必要性と放置による波及事故リスクを書面で明確に伝えていれば、主任技術者は職務を全うしたと見なされます。 適切な報告書と指導の記録こそが、専門家としての信頼の証であり、万が一の際に技術者の身を守る最大の防具となります。
キュービクル事故の深層——主任技術者の「守備範囲」と責任の分岐点
電気設備の心臓部とも言える「キュービクル(高圧受電設備)」。普段は静かに建物のエネルギーを支えていますが、一度事故が起きれば、波及事故(近隣一帯の停電)や火災、感電死傷事故など、甚大な被害をもたらします。
そんな時、真っ先に矢面に立たされるのが「電気主任技術者」です。「点検していたはずなのに、なぜ防げなかったのか?」という厳しい視線が注がれます。しかし、「事故=主任技術者の過失」とは限りません。
本稿では、事故が発生した際の責任の所在と、主任技術者が自らの職務を全うし、かつ法的なリスクから身を守るための「報告と指導」の重要性について、深く掘り下げていきます。
1. そもそも、誰が一番「重い」責任を負うのか?
日本の電気事業法において、電気工作物の維持管理に関する最終的な責任(設置者責任)は、あくまで**「オーナー(設置者)」**にあります。
主任技術者の役割は、そのオーナーから選任(または外部委託)され、保安の監督を行うことです。いわば「技術的なアドバイザー兼、現場の監視役」です。
では、なぜ主任技術者が「責任を問われる」という話になるのでしょうか。それは、主任技術者が**「なすべき義務(善管注意義務や保安監督業務)」を怠ったと見なされた場合**です。
オーナーの責任: 設備の所有者として、安全な状態を維持する義務。
主任技術者の責任: 専門家として、危険を予見し、オーナーに適切なアドバイス(助言・指導)を行う義務。
この役割分担を理解することが、トラブル回避の第一歩となります。
2. 「主任技術者のせい」にされるパターン、されないパターン
事故が起きた際、警察や産業保安監督部の調査が入ります。ここで焦点となるのは、**「主任技術者は、その事故を予測し、防ぐためのアクションを起こしていたか?」**という点です。
責任を問われるケース(過失あり)
点検をサボっていた、あるいは点検項目を見逃していた。
絶縁抵抗値の低下など、異常の兆候に気づいていたが放置した。
オーナーに対し、危険性を一切説明していなかった。
責任を問われないケース(義務遂行済み)
「このトランスは寿命を過ぎており、油漏れの兆候がある。早急に更新すべきだ」と、書面で明確に推奨していた。
オーナーに改修の予算申請を何度も行っていたが、オーナー側が「まだ動いているから大丈夫」と拒否し続けていた。
法令に基づいた適切な頻度で点検を行い、その記録が正確に残っていた。
3. 最強の防具は「報告書」と「エビデンス」
「口頭で危ないとは言っておいたのですが……」 事故が起きた後、この言葉は何の役にも立ちません。法的な争いや行政処分において、最も重視されるのは**「客観的な証拠(エビデンス)」**です。
主任技術者が自身の責任を全うし、オーナーに適切な判断を促すためには、以下の3ステップを徹底する必要があります。
① 数値と写真による「見える化」
「古くなっています」という主観的な表現ではなく、「推奨使用年数を10年超過している」「絶縁抵抗値が基準値付近まで低下している」といった、誰が見ても明らかな数値を出します。また、錆や腐食、油漏れ箇所などは必ず写真を撮影し、報告書に添付します。
② リスクの明確な提示(もし放置したらどうなるか)
オーナーは電気の素人であることが多いです。「更新してください」と言うだけでなく、**「更新しない場合、近隣一帯を巻き込む停電(波及事故)を引き起こし、数千万円単位の損害賠償が発生するリスクがある」**と、経営的なリスクまで踏み込んで伝える必要があります。
③ 「指導」の記録を保存する
点検結果報告書には必ず「備考欄」や「改善提案欄」があります。そこに「早急な修繕を要する」旨を明記し、オーナー(または管理責任者)の受領印や確認サインをもらっておくことが、主任技術者にとっての「免責」の証明となります。
4. オーナーへの「指導」は、実はオーナーを守ること
主任技術者が厳しく改修を迫ることは、一見するとオーナーに出費を強いる「嫌な役回り」に見えるかもしれません。しかし、本質的には**「オーナーを破滅的な事故から守る」**行為です。
もし主任技術者が忖度(そんたく)して「まだ大丈夫でしょう」と報告し、その後に事故が起きたらどうなるでしょうか。
オーナーは「プロ(主任技術者)が良いと言ったから直さなかった。責任はプロにある」と主張します。
しかし、現実に損害を被り、社会的信用を失うのは設置者であるオーナー本人です。
「ダメなものはダメ」とはっきり言い、記録に残すこと。これは冷たさではなく、専門家としての誠実さであり、相互の信頼関係を築くための最低条件です。
5. まとめ:プロとしての誇りとリスクマネジメント
キュービクルの事故において、主任技術者が責任を問われるのは「やるべきことをやらなかった時」だけです。
徹底した点検(異常の早期発見)
論理的な報告(リスクの可視化)
毅然とした指導(書面による改善提案)
これら三原則を徹底していれば、万が一事故が発生しても、法的な責任は「適切な投資と管理を怠ったオーナー」に帰属します。
主任技術者の仕事は、ただテスターを当てることではありません。現場の危機を察知し、それを組織の意思決定(予算確保)に繋げる「翻訳家」としての役割も重要なのです。キッチリとした報告書こそが、あなたの技術者としてのプライドを証明し、そしてあなた自身を守る「盾」となるのです。
前田 恭宏
前田です
