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灯りの先駆者・神保達が描いた「考案と品質」の軌跡

灯りの先駆者・神保達が描いた「考案と品質」の軌跡

26/04/02 07:30

神保電器の創業者・神保達氏は、大正7年の創業以来「考案と品質」を掲げ、日本の電気文化を支えてきました。氏は日本初のベークライト製ソケット開発や、現代の標準となる「連用配線器具」の考案など、常に時代を先取りする先見の明を発揮。その技術力は零戦の部品製造を任されるほど高精度なものでした。 彼の「目立たないものにこそ美学を宿す」精神は、現代の洗練されたスイッチデザインにも継承されています。100年を超えて、神保氏の情熱は私たちの指先から日常を照らし続けています。

はじめに:壁の向こう側に込められた「創業の志」

私たちが日常、何気なく触れている壁のスイッチ。指先ひとつで部屋を明るく照らし、あるいは消灯する。その当たり前のような日常の風景の中に、日本の電気文化を根底から支えてきた一人の先駆者がいます。神保電器株式会社の設立者、神保達(じんぼ とおる)氏です。

1918年(大正7年)、東京・大田区の一角で「神保製作所」として産声を上げたこの企業は、今や「JIMBO」のブランド名で知られ、意匠性と機能性を両立させた配線器具のトップランナーとして確固たる地位を築いています。本稿では、創業者・神保達氏がどのような思いで事業を興し、その情熱がどのように現代の神保電器へと受け継がれているのか、その人物像と精神に迫ります。


第1章:創業の原点 ―― 「新素材」への飽くなき挑戦と神保達の人物像

神保達氏が創業した大正初期、日本の電気事情はまだ黎明期にありました。当時の配線器具(ソケットやスイッチ)の多くは陶磁器製が主流であり、重くて割れやすく、精密な加工には限界がありました。神保氏は、これからの電気社会の普及を見据え、「より安全で、より使いやすく、より量産に適した素材」を常に追い求めていた技術者肌の経営者であったことが伺えます。

1.「日本初」を生み出す先見の明

神保氏の人物像を象徴する最大のエピソードは、1923年(大正12年)の「ベークライト(フェノール樹脂)製配線器具」の開発です。当時、合成樹脂は魔法の新素材と呼ばれていましたが、その加工は困難を極めました。神保氏は、耐熱性と絶縁性に優れたこの素材にいち早く着目し、自ら独自調合を繰り返します。そして誕生したのが、日本初となる「フェノール樹脂製ソケット」でした。

「誰もやっていないことに挑む」という彼の姿勢は、単なる好奇心ではなく、社会が必要とするものを先取りして提供するという強い使命感に裏打ちされていました。

この開発により、神保電器は市場から多大な好評を博し、今日の「プラスチック製配線器具」のスタンダードを築くことになったのです。

2. 徹底した「現場主義」と「品質へのこだわり」

神保氏の人物像として特筆すべきは、その誠実さと徹底した現場主義です。1928年(昭和3年)には株式会社へと組織を変更しますが、規模が拡大しても彼の「より良いものを作りたい」というエンジニア・スピリットが揺らぐことはありませんでした。

その品質の高さは、1942年(昭和17年)に海軍の指定工場となり、零式艦上戦闘機(ゼロ戦)をはじめとする航空機の点滅器(トグルスイッチ等)の製造を任されたことからも証明されています。極限の状況下で命を預かる航空機の部品に採用されたという事実は、神保氏が築き上げた技術力が、当時の日本において最高峰であったことを物語っています。


第2章:戦後の復興と「連用配線器具」という革命 ―― 暮らしを変える発想力

終戦後、日本は激動の復興期を迎えます。神保達氏率いる神保電器もまた、新たな時代のニーズに応えるべく、その歩みを加速させました。ここで神保氏が示したのは、「単に電気を通す道具」から「生活を豊かにするシステム」へのパラダイムシフトでした。

1. 配線器具の形態を変えた1952年の衝撃

1952年(昭和27年)、神保電器は日本の住宅史に残る画期的な製品を発表します。それが「連用配線器具」です。

  • それまでの日本の配線器具は、一つの箇所に一つのスイッチ、あるいは一つのコンセントという「一点一機能」が当たり前でした。

  • 神保氏は欧米のスタイルを参考にしつつ、日本の住宅事情に合わせた「複数の器具を一つの枠に収める」というスタイルを提唱。

  • 三連の連用配線器具の登場は、建築設計の自由度を飛躍的に高め、日本の配線器具市場を根底から覆しました。

この「連用」という概念は、現在の私たちの生活に直結する標準的なスタイルとなっています。神保氏の視点は、常に「エンドユーザーがいかに便利に、そして美しく電気を使えるか」という一点に注がれていたのです。

2. 公的評価が証明する技術革新

神保氏の精神を継承した社員たちは、その後も電設工業展などで数々の賞を総なめにしていきます。

  • 1960年:リモコン配線器具(東京都電気研究所所長賞)

  • 1961年:300V波動スイッチ(通産大臣賞)

  • 1974年:新連用配線器具(中小企業庁長官賞)

これらの受賞歴は、創業者が植え付けた「考案すること」「工夫すること」というDNAが、組織の中に深く根付いていた証左でもあります。


第3章:神保達が残した「神保電器の思い」 ―― 継承されるフィロソフィー

神保達氏がこの世を去った後も、彼が創業時に抱いた「思い」は、現代の神保電器の製品ラインナップの中に鮮やかに息づいています。神保氏が大切にした価値観を、現代の言葉で紐解くと以下の三つのキーワードに集約されます。

  1. 「目立たないもの」にこそ美学を宿す
    神保電器の製品、例えば近年の「NK SERIE」や「J・WIDE SLIM」シリーズを見ると、その徹底した「引き算の美学」に驚かされます。スイッチは壁の一部であり、空間に溶け込むべき存在。過度な装飾を排し、垂直と水平のラインを強調したデザインは、グッドデザイン賞やドイツのレッドドット・デザイン賞を受賞するなど、世界的に高く評価されています。これは、神保達氏が創業期に、ベークライトという素材を用いて「機能と形の調和」を目指した精神の現代的解釈と言えるでしょう。
    「主役はあくまで空間であり、人間である。スイッチはその黒衣(くろご)として最高品質であるべき」という思いが貫かれています。

  2. 「操作感」という触覚の品質
    神保氏は、航空機のスイッチを手掛けた経験から、一つのスイッチが「カチッ」と入る際のフィードバック、つまり操作感がいかに重要かを熟知していました。現代の神保製品が、単なる「ON/OFFの装置」を超えて、心地よい操作感にこだわっているのは、神保達氏が追求した「信頼性」の証です。指先に伝わる適度なクリック感や、ワイドな操作面によるユニバーサルデザインへの配慮は、創業者が目指した「人への優しさ」そのものです。

  3. 進化を止めるな ―― 未知の領域への挑戦
    2000年代以降、神保電器は光コンセントやLED調光器、さらには家具用配線器具(KAGシリーズ)など、ライフスタイルの変化に合わせた新領域へ次々と進出しています。未来工業株式会社との提携(1994年)や、岐阜工場・千葉工場の拡充など、組織としての柔軟な変化を厭わない姿勢もまた、「新素材ベークライト」に社運を賭けた創業者の挑戦心を受け継いでいるからに他なりません。


結び:100年を超えて輝き続ける「JIMBO」の灯り

神保達氏という一人の創業者が、大正の空の下で抱いた「電気をもっと身近に、安全に届けたい」という素朴で力強い思い。それは、戦火を乗り越え、高度経済成長期の住宅ラッシュを支え、そしてデジタル化が進む現代においても、私たちの指先を通じて脈々と受け継がれています。

神保電器の歴史は、単なる企業の社史ではありません。それは、日本の近代化と共に歩んだ「技術と創意工夫の物語」です。神保氏が創業時に植えた「良品供給」という種は、100年の時を経て、日本の美意識を象徴する配線器具という大樹へと成長しました。

壁に並ぶ洗練されたスイッチ。その薄いプレートの向こう側には、ベークライトの煙に巻かれながら試作を繰り返した神保達氏の情熱と、品質に対する一切の妥協を許さない「JIMBO」の魂が、今も静かに、しかし熱く宿っているのです。

私たちはスイッチを押すたびに、無意識のうちにその歴史の重みと、未来を照らす意志に触れているのかもしれません。


参考資料


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