停電から考えるBCP対策

停電が頻発する現代社会において、企業や自治体の事業継続計画(BCP)は、非常用電源の整備や電力の多様化にとどまらず、再生可能エネルギーの活用、クラウドやリモートワークの導入、サイバーリスクへの対応、地域との連携強化など、多角的かつ柔軟な対策が求められている。BCPは「危機管理」だけでなく、「持続可能性」や「脱炭素」とも連動した戦略的な経営の一部へと進化していくべきである。
1. はじめに:停電は「まさか」ではなく「いつか」の問題へ
「停電」と聞くと、一昔前まではごく一時的なインフラ障害という印象を持っていたかもしれない。しかし近年、異常気象、地震、老朽化した送配電インフラ、そしてエネルギー政策の転換によって、日本社会では「長期停電」や「計画停電」が現実のものとなっている。
たとえば、2024年元日に発生した能登半島地震では、最大約4万戸が数日間にわたり停電。さらに2022年3月の福島沖地震では首都圏含め約210万戸が停電し、鉄道や通信にも甚大な影響を及ぼした。こうした事象は、電力の安定供給がいかに事業と社会活動の根幹を成しているかを強く示している。
BCP(事業継続計画)は、地震や感染症などの「大災害」を想定して策定されることが多いが、電力という「見えないインフラ」が途絶えたとき、業務は即座に停止する可能性がある。つまり、停電はあらゆるBCPリスクの「引き金」となりうる。
2. 停電がもたらす影響:物理的・経済的・心理的ダメージ
停電による事業への影響は広範囲にわたる。主なものを以下に整理する。
情報インフラの遮断:社内サーバー、業務用PC、Wi-Fi、IP電話などがすべて停止。リモートワークやクラウド利用企業も、末端の電源がなければ業務がストップする。
工場・物流停止:製造ラインの一時停止による損失、保管中の製品(要冷蔵・要温度管理)の廃棄、物流センターの閉鎖。
金融・決済への影響:POSレジや電子決済端末が利用不能となり、売上の喪失や消費者の信用低下を招く。
従業員の安全確保の困難:照明・空調が使えない環境での業務継続は困難を極める。エレベーターの閉じ込めや避難誘導にも支障。
中小企業庁による調査(2023年)によれば、BCPを策定済みの中小企業は全体の約25.3%にとどまっており、その中でも「停電」に特化した対策を取っている企業はさらに少数である。これは、停電対策の実装コストや知見不足が大きな要因となっている。
3. 停電対策の基本:ハード・ソフト両面の備え
BCPにおける停電対策は、大きくハード面とソフト面に分けて考えることができる。
ハード対策
非常用発電機の設置:ディーゼル発電機やガス発電機は代表的な手段。ただし、燃料の備蓄、起動テスト、騒音・排気対策も必須。
蓄電池・UPS(無停電電源装置):サーバー機器や通信機器への短期的バックアップに有効。家庭用から商用まで多様な製品が登場している。
再生可能エネルギーとの連携:太陽光発電+蓄電池のシステムは、災害時でも数時間から数日にわたり電力供給を継続できる。
ソフト対策
重要業務の洗い出しと優先順位付け:全業務を停電時にカバーするのは現実的ではない。BCPでは「重要業務継続時間(RTO)」の設定がカギとなる。
クラウド移行と分散拠点化:データセンターやクラウドサービスを利用すれば、物理オフィスが停電しても情報資産の保全が可能に。
緊急時の連絡手段の確保:衛星電話、バッテリー式Wi-Fi、専用アプリを活用し、複数の通信経路を用意することが望ましい。
4. 新しいBCPの潮流:分散・脱炭素・デジタル
従来型BCPは「設備と人を守る」ことに主眼を置いていたが、現代のBCPはそれに加えて「持続性」や「地域との共創」が求められる。特に、電力インフラの脆弱化と気候変動への対応が重視されている。
1. エネルギーの地産地消とマイクログリッドの可能性
マイクログリッドとは、地域内で発電・蓄電し、外部電力に依存せずにエネルギーを循環利用する小規模な電力網のこと。災害時にはコミュニティ単位で電力を維持できる手段として注目されている。自治体や中小規模の工場団地などに導入が進みつつある。
2. サイバーリスクと電力の融合的BCP
スマートメーターやIoT電力制御システムが増えることで、サイバー攻撃による停電のリスクも現実化している。電力系統の遠隔操作やデータ偽装によって送電網が混乱するシナリオも想定されるため、「物理とサイバーの複合災害」に備えるBCPの設計が急務となっている。
3. ESG・脱炭素経営と一体化した停電対策
再生可能エネルギーや高効率設備の導入は、災害対策であると同時に、ESG(環境・社会・ガバナンス)評価の向上にもつながる。BCPが単なる「守り」ではなく、「攻めの経営」に転じる要素にもなるという視点は、今後さらに重要性を増すだろう。
5. まとめ:停電から始めるBCP再設計のすすめ
停電は、事業や暮らしを突如として停止させる「静かな脅威」である。しかし同時に、それはBCPを再定義する絶好の入り口でもある。単に電力をどう確保するかというテクニカルな議論にとどまらず、
どの業務を最優先に維持すべきか
社員の安全と働き方をどう守るか
地域社会とどう連携するか
脱炭素社会にどう貢献するか
といった、本質的な問いが突きつけられるのが、停電BCPの考察である。
未来の社会では、電力の価値は「大量供給」から「安定・柔軟・持続」へと変わっていく。企業も自治体も、電気があることを前提としない設計思想へと舵を切る必要がある。
いま一度、社内・組織内のBCPを「停電」という具体的リスクから点検しなおし、時代に即した「備え」を始めることが、将来の事業継続、さらには社会の安心につながっていくのである。

前田 恭宏
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