
住友財閥の祖・住友政友と『文殊院旨意書』
住友財閥の祖・住友政友は、元僧侶という異色の創業者です。彼が遺した家訓『文殊院旨意書』は、「万事入精」「信用確実」「不趨浮利(目先の利を追わず)」を説き、400年にわたり住友の根幹を支えてきました。 この哲学は、別子銅山の発展や公害克服の歴史において、公益との調和を目指す「自利利他」の精神として具現化されました。現代のESG経営にも通じるこの教えは、変化の激しい時代において「信用」と「誠実」こそが最強の武器であることを示す、普遍的なビジネスの指針です。
【歴史と経営】400年続く「信用」の源流 —— 住友財閥の祖・住友政友と『文殊院旨意書』
日本を代表する三大財閥の一角、住友グループ。その歴史は400年以上に及びますが、実はその創業者が「武士」でも「生粋の商人」でもなく、**「仏教の僧侶」**であったことは意外と知られていません。
今回のコラムでは、住友の精神的支柱である**住友政友(すみとも まさとも)**に焦点を当て、彼が遺した家訓『文殊院旨意書(もんじゅいんしいがき)』がいかにして巨大財閥のDNAとなり、現代の経営学に通じる普遍的な真理となっているのかを紐解きます。
1. 異色の創業者・住友政友の生涯
住友の歴史は、大きく二人の人物によって幕を開けました。一人は技術的基盤を築いた蘇我理右衛門(そが りえもん)、そしてもう一人が精神的基盤を築いた住友政友です。
涅槃宗の僧侶から実業家へ
政友は1585年、越前国(現在の福井県)の武家に生まれました。しかし、乱世の中で仏門に入り、京都で涅槃宗(ねはんしゅう)の僧侶となります。「文殊院(もんじゅいん)」という号は、彼の僧侶としての名です。
しかし、幕府による宗教弾圧の影響で還俗(僧籍を離れること)を余儀なくされます。その後、彼は京都で書物と薬を扱う「富士屋」という店を開きました。これが、商家としての住友の始まりです。
技術と精神の融合
一方で、政友の姉婿であった蘇我理右衛門は、西洋から伝わった銅の精錬技術**「南蛮吹き(なんばんぶき)」**を会得していました。この技術は、銅から銀を分離抽出する画期的なものであり、当時の日本の銅精錬業に革命をもたらしました。
理右衛門の「技術」と、政友の「精神」。この二つが融合したとき、住友の巨大な歯車が回り始めたのです。
2. 最強の家訓『文殊院旨意書』の教え
政友は晩年、自身が商売を行う上で大切にしてきた心得を『文殊院旨意書』という短い文書にまとめ、後世に遺しました。驚くべきことに、この江戸時代初期の教えは、現在の住友グループ各社においても**「住友精神」**の根幹として厳格に守り継がれています。
ここには、現代のCSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス経営の先駆けとも言える、三つの重要な哲学が記されています。
① 万事入精(ばんじにっせい)
「商売は言うに及ばず、何事も粗略にせず、心を込めて丁寧にしなさい」
これは「精神誠意、物事に取り組む」という教えです。単に商品を売ればいい、利益が出ればいいという結果至上主義を戒め、そのプロセスにおける「誠実さ」を最優先事項としました。顧客に対して、社会に対して、そして自分自身に対して誠実であること。これが住友の信用の第一歩です。
② 信用確実(しんようかくじつ)
住友の事業精神として最も有名なのがこの言葉です。
「信用を重んじ、確実を旨とする」
一時的な儲けのために約束を破ったり、あやふやな投機に手を出したりしてはならない。政友にとって、商売とは「金銭のやり取り」ではなく「信用の積み重ね」でした。400年経った今も、住友系企業が堅実な経営スタイルで知られるのは、このDNAが色濃く残っているからです。
③ 不趨浮利(ふすうふり:浮利を追わず)
「一時的な流行や、目先の利益(浮利)に惑わされて、軽挙妄動してはならない」
これは「利益を否定する」という意味ではありません。「理のない利益、道義に反する利益、リスクの大きすぎる投機的な利益」を追うな、という意味です。 政友は、社会の変化には敏感であれと説く一方で、自分たちの本業や理念から外れた「濡れ手粟」のような儲け話には絶対に乗るなと戒めました。この教えは、後のバブル経済崩壊時など、多くの企業が淘汰される中で住友が生き残るための羅針盤となりました。
3. 「別子銅山」と事業の拡大
政友の死後、その教えを受け継いだ住友家は、1691年に愛媛県で**「別子銅山(べっしどうざん)」**の開坑に成功します。
この別子銅山こそが、住友を日本屈指の財閥へと押し上げる原動力となりました。銅山経営は、単に鉱石を掘るだけでは成り立ちません。
運搬のための鉄道・海運
機械修理のための工作・重機
精錬のための燃料(石炭・電力)
煙害対策のための林業
資金調達のための銀行
これら全てが別子銅山から派生し、現在の住友商事、住友重機械、住友林業、三井住友銀行などの源流となりました。
公益との調和(自利利他)
明治時代、別子銅山の近代化に伴い、精錬所から排出される亜硫酸ガスによる「煙害」が深刻な社会問題となりました。 当時の総理事・伊庭貞剛(いば ていごう)は、政友の精神に立ち返り、**「事業の進歩が社会を害してはならない」**と決断。巨額の費用を投じて精錬所を無人島(四阪島)へ移転させるとともに、荒れ果てた山を再生させるための「大造林計画」を実行しました。
「自分たちの利益(自利)」と「社会の利益(利他)」を一致させる。政友が説いた仏教的なバックボーンが、企業の危機を救い、持続可能な発展へと導いた実例です。
4. 現代経営への示唆 —— なぜ今、住友政友なのか
21世紀の今、企業経営のトレンドは「パーパス経営」や「ESG経営(環境・社会・ガバナンス)」へとシフトしています。しかし、住友政友が400年前に説いたことは、まさにこれらの先取りでした。
変化に対応しつつ、本質を変えない
政友の教えには、このような一節もあります。
「時勢の変化を見極め、商売の仕方を柔軟に変えなさい」
「浮利を追わず」という言葉は、保守的で変化を嫌う姿勢と誤解されがちですが、そうではありません。政友は、「確固たる信念(Core)」を持ちながらも、方法は柔軟に変化(Adapt)させよと説いているのです。
現代のビジネス環境は、VUCA(変動性・不確実性)の時代と言われます。テクノロジーが進化し、ビジネスモデルが短命化する中で、私たちはつい「何が儲かるか(What)」に目を奪われがちです。 しかし、政友は問いかけます。 「その商売に、誠意はあるか?(How)」 「その利益は、信用に基づいているか?(Why)」
結び:僧侶が遺したコンパス
住友政友は、生涯を通じて「商売人」である前に「人間としてどうあるべきか」を問い続けた求道者でした。 彼が遺した『文殊院旨意書』は、単なる商売のノウハウ本ではありません。迷ったときに立ち返るべき「原点」です。
目先の数字にとらわれず、仕事に「心(入精)」を込めること。
近道を探さず、確実な「信用」を積み上げること。
社会の公利と自社の利益を調和させること。
これらは、AIが進化し、効率化が極限まで進む現代だからこそ、人間だけが生み出せる価値として、より一層の輝きを放っています。住友政友の教えは、400年の時を超え、現代の私たちに「正しい商売のあり方」を静かに、しかし力強く語りかけているのです。

前田 恭宏
前田です
