
永守重信氏は、日本電産(現ニデック)を創業し、モーターという地味な分野で世界一を築いた経営者である。貧しい環境で育ち、努力と行動を重ねて道を切り開いてきた。創業当初から「世界一」を掲げ、厳しい成果主義と現場主義を徹底。赤字企業を再生するM&Aや人材育成にも力を注ぎ、組織を成長させてきた。その生き方は、努力を続ける者だけが未来を変えられることを示している。
――“中小企業の魂”で世界を制した男・永守重信**
「人も会社も、努力をやめた瞬間に終わる」
この言葉ほど、永守重信という経営者を的確に表すものはないだろう。
日本電産――現在のニデック(NIDEC)。
モーターという一見地味で、決して脚光を浴びることのなかった分野で、世界トップの座を掴み取った企業の創業者。それが永守重信である。
華やかな学歴もなければ、巨額の資本もない。
後ろ盾となる大企業もなかった。
彼が持っていたのは、「誰にも負けたくない」という執念と、努力を努力と思わない異常な行動力だけだった。
本コラムでは、永守重信の人生の歩み、思想の源流、経営哲学、そして現場主義とM&A戦略を通じて、
**「なぜ彼は世界一になれたのか」**を立体的に紐解いていく。
“貧しさ”が鍛えた経営者――反骨精神の原点
永守重信は1944年、京都府向日市に生まれた。
戦後の混乱期、生活は決して楽ではなく、少年時代から「働くこと」は日常だった。
中学・高校時代は新聞配達やアルバイトを掛け持ちし、
「人よりも早く動く」「人よりも多く働く」ことが当たり前の環境で育った。
この頃に培われたのが、後に彼自身が語る**“ハングリー精神”**である。
「恵まれていないことは、不幸ではない。
それは、努力する理由になる」
貧しさは彼を卑屈にしなかった。
むしろ、誰にも依存しない生き方を教えた。
会社員時代の葛藤――「このままでは終われない」
大学卒業後、永守はオリエンタルモーターに入社。
真面目に働き、成果も上げた。
しかし、心の奥底には常に違和感があった。
組織の意思決定の遅さ
挑戦しない風土
「前例」が優先される文化
「努力しても、評価されるとは限らない」
「自分の人生を、他人に委ねていいのか」
この疑問が、彼を突き動かす。
1973年、29歳。
退路を断ち、日本電産を創業。
資本金2000万円、従業員4名、事務所はアパートの一室だった。
“主役にならない戦略”――モーターを選んだ理由
永守が目を付けたのは、小型精密モーター。
当時は価格競争が激しく、将来性を疑問視されていた分野だ。
だが彼は、産業の構造を冷静に見ていた。
家電も
OA機器も
自動車も
情報通信も
すべては「回る」ことで機能する。
「目立たなくていい。
だが“止まれば全てが止まる”部分を押さえろ」
これは、日本電産のその後の戦略すべてに通じる思想である。
“世界一”を口にする覚悟
創業直後から、永守は社員にこう言い続けた。
「目標は世界一だ」
無謀だと笑われ、
「中小企業が何を言っている」と批判も受けた。
しかし永守は、目標は実現性よりも“覚悟”が重要だと考えていた。
世界一を目指すから、基準が上がる
世界一を口にするから、人が育つ
世界一を信じるから、行動が変わる
目標は、組織の“背骨”なのである。
“鬼の経営者”と呼ばれても――成果主義の真意
永守重信は、厳しい。
それは事実である。
朝5時半出社
会議は短時間・即断即決
結果を出せない幹部は即交代
だが彼は、こうも語る。
「厳しさのない経営は、無責任だ」
会社が潰れれば、社員の人生を壊す。
だからこそ、甘さは排除する。
その姿勢が、「鬼」と評されながらも、
社員からの信頼を失わなかった理由である。
“失敗企業を宝に変える”――日本電産流M&Aの核心
日本電産は、数多くの企業を買収してきた。
しかもその多くが、赤字企業や再生不能と言われた会社だった。
永守のやり方は明快だ。
技術者を尊重する
無駄な慣習を切る
数字で語る
トップ自ら現場に入る
「再生に必要なのは、希望ではない。
行動だ」
この思想が、企業を次々と蘇らせた。
人を育てる執念――教育は最大の投資
永守は、人材育成に異常なほどこだわる。
日本電産大学校の設立
若手への徹底した現場教育
30代での幹部登用
「人は放っておいても育たない」
叱ることを恐れず、
挑戦させ、責任を持たせる。
その結果、日本電産には世界で戦える現場リーダーが育った。
挑戦は終わらない――未来への視線
EV、再生可能エネルギー、ロボット、FA。
モーターの役割は、今後さらに重要になる。
永守重信は言う。
「昨日と同じことをしている会社に、未来はない」
年齢を重ねても、
彼の言葉と行動は、常に未来を向いている。
“努力は才能を超える”という生き証人
永守重信は、天才ではない。
だが、努力を止めなかった。
だからこそ、
日本電産は世界一になり、
彼は世界的経営者となった。
この物語は、
中小企業、技術者、現場で汗を流すすべての人へのメッセージである。
「環境のせいにするな。
努力を続けた者だけが、景色を変えられる。」
永守重信――
その人生そのものが、日本のものづくり精神の結晶である。
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