
中小企業の魂”で世界を制した男・永守重信
永守重信氏は、日本電産(現ニデック)を創業し、モーターという地味な分野で世界一を築いた経営者である。貧しい環境で育ち、努力と行動を重ねて道を切り開いてきた。創業当初から「世界一」を掲げ、厳しい成果主義と現場主義を徹底。赤字企業を再生するM&Aや人材育成にも力を注ぎ、組織を成長させてきた。その生き方は、努力を続ける者だけが未来を変えられることを示している。
**「世界一になるまで、休むな」
――“中小企業の魂”で世界を制した男・永守重信**
■ はじめに:
「人も会社も、努力をやめた瞬間に終わる」
この言葉ほど、永守重信という経営者を的確に表すものはないだろう。
日本電産――現在のニデック(NIDEC)。
モーターという一見地味で、決して脚光を浴びることのなかった分野で、世界トップの座を掴み取った企業の創業者。それが永守重信である。
華やかな学歴もなければ、巨額の資本もない。
後ろ盾となる大企業もなかった。
彼が持っていたのは、「誰にも負けたくない」という執念と、努力を努力と思わない異常な行動力だけだった。
本コラムでは、永守重信の人生の歩み、思想の源流、経営哲学、そして現場主義とM&A戦略を通じて、
**「なぜ彼は世界一になれたのか」**を立体的に紐解いていく。
■ 第一章:
“貧しさ”が鍛えた経営者――反骨精神の原点
永守重信は1944年、京都府向日市に生まれた。
戦後の混乱期、生活は決して楽ではなく、少年時代から「働くこと」は日常だった。
中学・高校時代は新聞配達やアルバイトを掛け持ちし、
「人よりも早く動く」「人よりも多く働く」ことが当たり前の環境で育った。
この頃に培われたのが、後に彼自身が語る**“ハングリー精神”**である。
「恵まれていないことは、不幸ではない。
それは、努力する理由になる」
貧しさは彼を卑屈にしなかった。
むしろ、誰にも依存しない生き方を教えた。
■ 第二章:
会社員時代の葛藤――「このままでは終われない」
大学卒業後、永守はオリエンタルモーターに入社。
真面目に働き、成果も上げた。
しかし、心の奥底には常に違和感があった。
組織の意思決定の遅さ
挑戦しない風土
「前例」が優先される文化
「努力しても、評価されるとは限らない」
「自分の人生を、他人に委ねていいのか」
この疑問が、彼を突き動かす。
1973年、29歳。
退路を断ち、日本電産を創業。
資本金2000万円、従業員4名、事務所はアパートの一室だった。
■ 第三章:
“主役にならない戦略”――モーターを選んだ理由
永守が目を付けたのは、小型精密モーター。
当時は価格競争が激しく、将来性を疑問視されていた分野だ。
だが彼は、産業の構造を冷静に見ていた。
家電も
OA機器も
自動車も
情報通信も
すべては「回る」ことで機能する。
「目立たなくていい。
だが“止まれば全てが止まる”部分を押さえろ」
これは、日本電産のその後の戦略すべてに通じる思想である。
■ 第四章:
“世界一”を口にする覚悟
創業直後から、永守は社員にこう言い続けた。
「目標は世界一だ」
無謀だと笑われ、
「中小企業が何を言っている」と批判も受けた。
しかし永守は、目標は実現性よりも“覚悟”が重要だと考えていた。
世界一を目指すから、基準が上がる
世界一を口にするから、人が育つ
世界一を信じるから、行動が変わる
目標は、組織の“背骨”なのである。
■ 第五章:
“鬼の経営者”と呼ばれても――成果主義の真意
永守重信は、厳しい。
それは事実である。
朝5時半出社
会議は短時間・即断即決
結果を出せない幹部は即交代
だが彼は、こうも語る。
「厳しさのない経営は、無責任だ」
会社が潰れれば、社員の人生を壊す。
だからこそ、甘さは排除する。
その姿勢が、「鬼」と評されながらも、
社員からの信頼を失わなかった理由である。
■ 第六章:
“失敗企業を宝に変える”――日本電産流M&Aの核心
日本電産は、数多くの企業を買収してきた。
しかもその多くが、赤字企業や再生不能と言われた会社だった。
永守のやり方は明快だ。
技術者を尊重する
無駄な慣習を切る
数字で語る
トップ自ら現場に入る
「再生に必要なのは、希望ではない。
行動だ」
この思想が、企業を次々と蘇らせた。
■ 第七章:
人を育てる執念――教育は最大の投資
永守は、人材育成に異常なほどこだわる。
日本電産大学校の設立
若手への徹底した現場教育
30代での幹部登用
「人は放っておいても育たない」
叱ることを恐れず、
挑戦させ、責任を持たせる。
その結果、日本電産には世界で戦える現場リーダーが育った。
■ 第八章:
挑戦は終わらない――未来への視線
EV、再生可能エネルギー、ロボット、FA。
モーターの役割は、今後さらに重要になる。
永守重信は言う。
「昨日と同じことをしている会社に、未来はない」
年齢を重ねても、
彼の言葉と行動は、常に未来を向いている。
■ おわりに:
“努力は才能を超える”という生き証人
永守重信は、天才ではない。
だが、努力を止めなかった。
だからこそ、
日本電産は世界一になり、
彼は世界的経営者となった。
この物語は、
中小企業、技術者、現場で汗を流すすべての人へのメッセージである。
「環境のせいにするな。
努力を続けた者だけが、景色を変えられる。」
永守重信――
その人生そのものが、日本のものづくり精神の結晶である。
前田 恭宏
前田です
