
藤田田と日本マクドナルドの奇跡
日本マクドナルド創業者・藤田田は、米食文化の日本に外食産業を根付かせた「怪物」だ。彼は常識を覆し、あえて銀座三越に出店することでブランドを確立。ユダヤの商法「78対22の法則」を価格戦略に用い、徹底した合理主義で勝負した。また「味覚は12歳までに決まる」と子供をターゲットに据え、長期的な顧客育成を行うなど、その手法は現代のLTV戦略の先駆けである。孫正義にITの道を説いた先見性を含め、彼の破壊的イノベーションと勝つための哲学は、今もビジネスの教訓として輝き続けている。
「怪物」と呼ばれた男の経営哲学:藤田田と日本マクドナルドの奇跡
なぜ、米食文化の日本でハンバーガーが根付いたのか? なぜ、マクドナルドは「銀座」から始まったのか?
その答えのすべては、一人の男の頭脳の中にありました。 日本マクドナルド創業者、藤田田(ふじた・でん)。
彼は単なる飲食店の経営者ではありません。戦後日本の商習慣を根底から覆し、外食産業を「産業」として成立させたパイオニアであり、ソフトバンクの孫正義氏が師と仰いだ人物でもあります。
本稿では、藤田田氏の経営手法を現代の経営学の視点から紐解き、彼が残した**「勝つための法則」**を探ります。
1. 常識への挑戦:ローカライゼーションの極意
1971年、マクドナルドが日本に上陸した際、多くの経営評論家は「日本人は米と魚の民族だ。ハンバーガーなど売れるわけがない」と冷笑しました。しかし、藤田氏には勝算がありました。
「銀座」というブランド戦略
米国マクドナルド本部は、アメリカでの成功モデルに従い「郊外のロードサイド」への出店を指示しました。しかし、藤田氏はこれを断固拒否し、日本一の地価を誇る「銀座三越」の1階への出店を強行します。
これは経営学でいう**「ブランド・エクイティ(資産)」**の構築戦略です。当時の日本において、流行の発信地は銀座でした。「銀座で流行っているもの=最先端のファッション」という認識を利用し、ハンバーガーを単なるファストフードではなく「アメリカン・カルチャーの象徴」として売り出したのです。
もし、本部のアドバイス通り郊外から始めていたら、マクドナルドは「安っぽいパン屋」として認識され、ここまでの成長はなかったでしょう。**「グローバルな商品を、ローカルの文脈(文脈)に合わせて最適化する」**という、現代で言う「グローカリゼーション」を半世紀前に実践していたのです。
2. ユダヤの商法:宇宙の法則「78:22」
藤田田氏を語る上で欠かせないのが、彼のベストセラー著書『ユダヤの商法』にも記された**「78対22の法則」**です。
これは「世の中のあらゆる事象は78対22の比率で成り立っている」という考え方です。
空気中の成分(窒素約78%、酸素等約22%)
人間の体(水分約78%、その他約22%)
お金の流れ(多くの預金者は22%の富裕層にお金を貸している)
藤田氏はこの法則をビジネスに徹底的に応用しました。
サンキューセット(390円)の魔術
かつてマクドナルドが展開した「サンキューセット(ハンバーガー+ポテト+ドリンク=390円)」という価格設定。これは単なる語呂合わせではありません。 当時、硬貨として最も流通していた500円玉に対し、390円の商品を提供すると、お釣りは110円。 500円に対して390円という数字は、実は「78%」にあたります。
「人間が直感的にお金を払いやすい、あるいは納得しやすい黄金比」を価格戦略(プライシング)に持ち込んだのです。徹底した数字へのこだわりと合理主義。これこそが、感情や義理人情に流されがちだった当時の日本的経営とは一線を画す強みでした。
3. ターゲット・マーケティング:未来の顧客を育てる
藤田氏のマーケティング戦略は極めて長期的かつ心理学的でした。彼のターゲットは明確に**「女性と子供」**でした。
「人間は12歳までに食べていたものの味を一生忘れない」
彼はこう断言し、子供たちにハンバーガーの味を刷り込むことに注力しました。ハッピーセットのおもちゃ戦略やドナルドというキャラクターの活用は、すべて「未来の顧客」を確保するための布石です。
また、「女性が食事をする場所には、必ず男性もついてくる」とし、当時の立ち食い蕎麦屋のような「男性中心の外食文化」ではなく、女性が入りやすい清潔で明るい店舗設計を徹底しました。
これは現代のマーケティングにおける**「LTV(顧客生涯価値)」**の最大化戦略そのものです。子供の頃にマクドナルドのファンになった世代が親になり、またその子供を連れてくる。このサイクルの構築こそが、藤田氏の最大の功績と言えるでしょう。
4. 時間泥棒の排除:オペレーションの科学
藤田氏は「時は金なり」を極限まで追求しました。
39時間の突貫工事: 銀座1号店は、デパートの休業日を利用してわずか39時間で完成させました。
提供スピードの追求: 「注文を受けてから30秒で提供する」というルールを課し、メニューや厨房機器をそのために最適化しました。
彼は「ビジネスにおいてスピードは最大の武器であり、時間を無駄にすることは罪悪である」と考えていました。これは製造業における「トヨタ生産方式(ジャスト・イン・タイム)」をサービス業に持ち込んだようなものであり、外食産業における生産性革命でした。
5. 遺産:孫正義へのバトン
藤田田氏の経営者としての先見性を象徴するエピソードがあります。 まだ無名だった高校時代の孫正義氏が、何度も藤田氏に面会を求め、ついに15分だけの時間を勝ち取った時のことです。
「これからの時代、何を学べばいいですか?」と問う孫少年に対し、藤田氏はこう即答しました。
「これからはコンピューターの時代だ。アメリカへ行ってコンピューターを学んでこい」
飲食業のトップでありながら、来るべきIT社会の到来を正確に予見していたのです。この助言がなければ、現在のソフトバンク、ひいては日本のIT産業の形は違っていたかもしれません。
結論:破壊者であり、創造者
藤田田氏の経営は、時に「あくどい」と言われるほど徹底した合理主義に基づいていました。しかし、その根底にあったのは**「商売は勝たなければ意味がない」というプロフェッショナリズムと、「日本人の生活水準を変える」**という強いビジョンでした。
常識を疑うクリティカル・シンキング(米食文化への挑戦)
徹底した数値に基づく合理的意思決定(78:22の法則)
未来を見据えた顧客育成(子供へのマーケティング)
異業種への感度(ITへの着目)
これらは、変化の激しい現代(VUCA時代)を生きる私たちにとっても、極めて重要な指針となります。ハンバーガーを通じて日本に「資本主義の真髄」を教えた男、藤田田。彼のDNAは、今も日本のビジネス界の深層に息づいているのです。
前田 恭宏
前田です
