
「アイホン」が守り抜く“玄関口”の矜持
インターホン一筋。名古屋から世界へ挑む「アイホン」 1948年創業のアイホンは、独立系専門メーカーとして国内シェア約6割を誇る巨人です。徹底した品質管理でデミング賞を受賞し、米ホワイトハウスにも採用されるなど世界的な信頼を築きました。 Apple社と「iPhone」の商標権で共存契約を結ぶなど戦略的な一面も持ちつつ、現在はスマートホームのハブや再配達問題を解決する「Pabbit」、医療用ナースコールなど、社会インフラとしての役割を拡張。単なる「呼び出しベル」を超え、通信と防犯で人々の安心を支え続けています。
インターホン一筋、名古屋から世界へ――「アイホン」が守り抜く“玄関口”の矜持
「ピンポーン」 この音が聞こえたとき、私たちの視線は無意識にモニターへと向く。そこに映る来訪者の顔、そして受話器越しに交わされる会話。現代の住まいにおいて、インターホンはもはや単なる「呼び出しベル」ではない。それは、外部の脅威から家族を隔離し、安心を担保する「情報の防波堤」である。
この分野で、日本国内のみならず世界をも牽引する巨人が、愛知県名古屋市に本社を置くアイホン株式会社だ。
2026年現在、住宅設備のデジタル化やスマートホーム化が急速に進むなか、なぜ「インターホン専門メーカー」であるアイホンがこれほどまでの存在感を放ち続けているのか。その歴史、戦略、そして彼らが掲げる「安心」の正体に迫る。
1. 創業から「専門メーカー」への覚悟:ラジオからインターホンへ
アイホンの歴史は、1948年(昭和23年)、創業者・市川利夫氏が名古屋に設立した「東海音響電気研究所」に遡る。戦後間もない日本で、彼らが最初に手がけたのはラジオや拡声器の修理・組み立てだった。
転機が訪れたのは1950年代。当時の住宅事情は、プライバシーや防犯への意識が芽生え始めた時期であった。アイホンは大手家電メーカーが多角化を進めるなかで、あえて「インターホン(高声電話器)」というニッチな分野にリソースを集中させる決断を下す。
1954年には、社名の「愛」と電話の「ホン」を組み合わせた**「アイホン」**を製品商標として登録。1959年には社名そのものをアイホン株式会社へと変更した。この「専門性への特化」こそが、後に巨大メーカーとの差別化を生む最大の武器となったのである。
2. 「品質」という名の盾:デミング賞とグローバル展開
アイホンの歴史を語る上で欠かせないのが、徹底した「品質至上主義」だ。1981年、同社は品質管理の最高権威である「デミング賞」を受賞した。インターホンという、一度設置すれば10年、15年と使い続けられ、かつ「故障が許されない(防犯に関わるため)」製品において、この信頼性は決定的な意味を持つ。
その信頼は、日本国内にとどまらず海を越えた。 1970年にはアメリカに現地法人を設立。現在では、北米、欧州、アジアなど世界70カ国以上に販路を広げている。特筆すべきは、あのホワイトハウスにもアイホンのシステムが採用されている(いた)というエピソードだ。世界で最もセキュリティに厳しい場所が選んだのが、名古屋の一専門メーカーの技術だった事実は、彼らの技術力が「世界標準」を超えていることの何よりの証明といえる。
3. iPhoneとの「商標」を巡る共存劇
「アイホン」という社名を聞いて、多くの人が思い浮かべるのがApple社の「iPhone」だろう。 2008年、日本でiPhoneが発売される際、大きな注目を集めたのが商標権の問題だ。アイホンは1954年からその名を掲げてきた「本家」である。
しかし、アイホンはここで泥沼の訴訟合戦ではなく、知的な「共存」を選択した。Apple社とライセンス契約を締結し、Appleは日本国内で「iPhone」の名称を使用する代わりに、アイホン側にライセンス料を支払う。そしてiPhoneのパッケージの隅には、現在も**「iPhoneの商標は、アイホン株式会社のライセンスに基づき使用されています」**と記されている。
この一件は、アイホンのブランドがいかに堅固に守られてきたかを世に知らしめると同時に、同社の柔軟で戦略的な経営スタンスを象徴する出来事となった。
4. 現在のスタンス:スマートホームの「ハブ」への進化
2026年、アイホンが置かれている立ち位置は、かつての「呼び出しベルのメーカー」とは劇的に異なる。彼らは今、**「住宅・施設のコミュニケーションとセキュリティを統合するプラットフォーム企業」**へと脱皮している。
● 圧倒的な国内シェアと「Pabbit」の衝撃
現在、アイホンは国内インターホン市場で約6割という圧倒的なシェアを誇る。特に集合住宅(マンション)向けのシステムにおいては、他社の追随を許さない。 最新のトピックとしては、物流問題(再配達問題)への解決策として打ち出した**「Pabbit(パビット)」**が挙げられる。これは、インターホンシステムと配送業者のデータを連携させ、居住者が不在でもオートロックを解錠し、置き配を可能にするシステムだ。 単なる「防犯」から、社会課題を解決する「インフラ」へとその役割を拡張させている。
● 医療・介護分野での第2の柱「Vi-nurse」
アイホンの強みは住宅だけではない。病院や福祉施設で使われるナースコールシステムでもトップクラスのシェアを持つ。 少子高齢化が進むなか、スマートフォンと連携して看護師の負担を軽減する「Vi-nurse(ビーナース)」などのIPネットワーク対応システムは、同社の収益の大きな柱となっている。「人と人をつなぐ」という創業時からのDNAが、医療現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)を支えているのだ。
5. 結び:変わらない「ピンポン」の裏側にある、変わり続ける技術
アイホンの強さを一言で表すなら、それは**「愚直なまでの専門性と、時代に合わせた柔軟な変革」**の同居である。
玄関に立つ人の顔を確認し、ボタンを押して会話する。その一連の動作(UX)は、数十年変わっていないように見える。しかし、その裏側にある技術は、アナログからデジタルへ、そしてクラウドやAIへと進化を遂げている。
「インターホンなんて、どれも同じではないか?」 そう思うかもしれない。しかし、万が一の時に確実に動き、誰でも直感的に使え、かつサイバー攻撃からも家を守る。その「当たり前」を24時間365日、数十年にわたって提供し続けることは、並大抵の技術力では不可能だ。
アイホン株式会社――。 彼らはこれからも、私たちの家の「顔」を守り、社会の「声」を繋ぎ続けるだろう。「ピンポンは、アイホン」。その短いフレーズには、専門メーカーとして歩んできた70余年の重みと、未来のスマート社会を支える自負が込められている。

前田 恭宏
前田です
