
励磁突入電流抑制機能付きLBS(負荷開閉器)の設置を要求し始めている背景
近年、電力会社は変圧器投入時の励磁突入電流による電圧低下や保護機器の誤動作防止のため、励磁突入電流抑制機能付きの高圧負荷開閉器(LBS)の設置を求めています。従来型LBSは抑制機能を持たず、エネセーバー(三菱電機)やエナミック(エナジーサポート)などの抑制型LBSが注目されています。これらは抵抗挿入方式などにより突入電流を抑え、電力品質維持や系統安定化に寄与しますが、設計・保守上の注意も必要です。
「近年、各電力会社が励磁突入電流抑制機能付きLBS(負荷開閉器)の設置を要求し始めている背景」
はじめに:励磁突入電流抑制要求の背景と意義
励磁突入電流(Inrush Current, Magnetizing Inrush Current)とは
変圧器などの無負荷状態の電源を投入した際、内部磁路に残留磁束が存在する場合、印加瞬間に大きな電流が流れる現象が知られています。これは「励磁突入電流(しばしば略して突入電流、励突とも)」と呼ばれます。
この励磁突入電流は、通常の定格電流の数倍から、条件によっては十数倍、あるいはそれ以上に達することがあります。そのため、以下のような問題を引き起こし得ます:
系統内または顧客側の電圧降下(瞬時電圧低下、瞬時変動)を引き起こし、他設備の誤動作や影響を及ぼす
保護機器(ヒューズ、継電器、遮断器など)の誤動作(誤遮断、遅動作)
変圧器の磁気飽和、過電流ストレス
系統安定性の劣化、電力品質悪化
引込み障害による電力会社への電圧変動クレームリスク
このような理由から、近年、電力会社や配電事業者の側で、特に比較的大容量の受変電設備・変圧器設備を持つ需要家に対し、変圧器の励磁突入電流抑制の対策を求めるケースが増えてきています。
特に、再生可能エネルギーの導入拡大、系統運用上の配慮、電圧品質・瞬時変動制約、その他系統連系条件の厳格化などが背景にあります。
その対策手法の一つとして、「励磁突入電流抑制機能付きのLBS(負荷開閉器)」が注目され、導入が進みつつあります。
したがって、情報コラムとしては、従来LBSとの技術的な違いや導入上の注意点、三菱電機やエナミック製品の特徴を含めて整理することが有意義と考えられます。
高圧負荷開閉器(LBS:Load Break Switch)の基本
LBS(高圧交流負荷開閉器)とは
LBS(Load Break Switch)は、高圧受電設備や配電盤・キュービクル設備に用いられる開閉器の一種で、変圧器一次側または高圧機器側に設置され、通常の負荷電流を遮断・投入する能力を持つ装置です。JIS規格的には「通常の回路条件下で、通電・遮断が可能な開閉装置」と定義されます。
主な特徴・機能としては:
負荷電流遮断能力:負荷電流を遮断できる仕様
開閉操作性:手動操作(フック棒操作)あるいは電動操作
ヒューズ連携運用:ヒューズと併用して、短絡事故時にはヒューズで電流を遮断し、LBSはそのヒューズ溶断を検出して自動的に開路する機構を有するものが多い(ストライカ機構)
用途範囲:比較的小規模な変圧器~300 kVA 程度まで(このあたりがLBS採用範囲という説明も見られます)
操作耐久性/寿命:機械的耐久性、電気的寿命など規定あり
安全性・作業性:絶縁体・バリヤ、保護インターロック、取付互換性など
LBS は遮断能力を持つが、直流負荷遮断や極端な短絡・事故遮断能力では主遮断器(CB、VCB、GISなど)には及ばないという位置付けです。
LBSの例として、三菱電機が扱う “屋内用交流負荷開閉器 G シリーズ” があり、引外しコイル、バリヤ、寸法互換性、電動操作オプションなどを特徴としています。三菱電機 オフィシャルサイト+3よくある質問(FAQ) | 三菱電機 FA+3三菱電機 オフィシャルサイト+3
ただし、この「従来型 LBS」は、励磁突入電流を能動的に抑制する機能を持たないことが多く、投入時に発生する突入電流に対しては無対策というのが一般的でした。
励磁突入電流抑制機能付き LBS・励突抑制開閉器(エネセーバーなど)の基本概念
エネセーバー(Mitsubishi Electric) ― 励磁突入抑制開閉器
三菱電機では、従来の LBS に「励磁突入電流抑制機能(励突抑制機能)」を付加した開閉器を、「励突抑制開閉器(エネセーバー)」としてラインアップしています。三菱電機 オフィシャルサイト+4よくある質問(FAQ) | 三菱電機 FA+4三菱電機 オフィシャルサイト+4
その主な特長・技術的要素は以下の通りです:
抵抗挿入型抑制方式
投入時に挿入抵抗を一時的に回路に投入し、励磁突入電流を抑制する方式が基本です。
具体的には、抵抗体を挿入する段階を設けて、突入ピークを抑え、その後必要に応じてバイパス(抵抗を短絡)して定常通電状態とするという制御方式です。小形化・省スペース化
新機種「TES-GB1」では、抵抗体配置の見直しにより、従来同等品から端子間寸法を176 mm 縮小、設置スペースを 31 % 削減、質量を 16 % 軽減する効果を実現しています。三菱電機 オフィシャルサイト+1引外しコイルの焼損防止機能
万一、引外しコイルに連続通電が発生した場合に備え、PTC サーミスタを搭載し、自己加熱で抵抗を上げて通電制限を行う焼損防止手法を取り入れています。三菱電機 オフィシャルサイト瞬時電圧低下対策
変圧器励磁突入によりシステム電圧が低下することを抑制する目的で、投入制御タイミングや抵抗制御を工夫しています(10 %以内の電圧低下を目安とする設計対応)三菱電機 オフィシャルサイト+2三菱電機 オフィシャルサイト+2操作性・保守性向上
- 絶縁バリヤは工具不要で着脱可能
- 相間・側面バリヤを同一形状にして誤取付防止
- 引外しコイルを後付可能とし、仕様変更にも対応
- 電動操作式・遠隔操作対応
- 関連器具として、停復電検出装置、後付電動操作器、コンデンサ引外し電源装置などの補助装置を整備三菱電機 オフィシャルサイト+3三菱電機 オフィシャルサイト+3三菱電機 オフィシャルサイト+3適用範囲
エネセーバーは無負荷変圧器の励磁突入抑制用途に焦点を当てており、全機種が電動操作式・遠隔操作対応という仕様になっています。三菱電機 オフィシャルサイト
このように、エネセーバーは従来 LBS に対して突入電流抑制技術を付加した発展形と言えます。
エナミック(Energy Support) ― 励磁突入電流抑制機能付LBS
エナジーサポート(Energy Support)が提供する「エナミック(ENERMIC)」は、励磁突入電流抑制機能付き LBS 製品をラインアップしており、特に受変電設備での無負荷変圧器投入時の突入電流抑制に対応する仕様です。
製品例として「PFS‑201TM‑RS‑A(自動投入タイプ)」が挙げられており、その特長は次の通りです:
小型化設計(縦 568 mm × 横 651 mm × 奥行 395 mm)energys.co.jp
定格投入遮断容量、定格過負荷遮断容量、引外し時間などの仕様を確保(例:電圧引外し時間 ≤ 0.15 s、連続開閉性能 電気的 200 回 / 機械的 1,000 回)energys.co.jp+1
無負荷変圧器励突倍率 3 以下(75 kVA 以上)という仕様を確保している旨記載energys.co.jp+2energys.co.jp+2
製品仕様例:PFS‑201TM‑R‑A 手動投入タイプ(励磁突入電流抑制機能付き)では、適用ヒューズリンク 10~60 A、定格電圧 7.2 kV、定格電流 200 A などが示されています。
価格例も示されており、7.2 kV/200 A 仕様で励突抑制機能付き LBS の手動モデルが 575,000 円(税別)という公表値もあります。
注意点:過去に一部型式においてバリヤの吸湿による絶縁低下リスクからリコール情報が出された例もあります(PFS‑201TM‑R/RS など、2014 年~2017 年製造分)
このように、エナミックは励磁突入抑制を意図した LBS 製品として、一定実績および製品仕様も公表しており、最近の電力会社要求への対応例として注目されます。
従来型 LBS と 励磁抑制型 LBS(エネセーバー/エナミック等)との比較
以下に、比較観点を設けたうえで両タイプ(従来型 vs 励抑制型 LBS、あるいは補助手法も含む)を対比整理します。
比較観点 | 従来型 LBS | 励磁抑制型 LBS(エネセーバー/エナミック 等) | コメント / 注意点 |
突入電流抑制能力 | 基本的には抑制機能なし。投入直後に突入電流が生じやすい | 抵抗挿入やタイミング制御等により、突入ピーク電流を抑制可能 | 抑制性能は設計仕様に依存。抑制しきれない条件もある |
電圧変動影響 | 突入時に系統電圧低下を引き起こしやすい | 突入ピークを抑制することで瞬時電圧低下を軽減 | 電力会社要求(例:電圧低下率 10 %以内)への適合性を検証する必要 |
保護機器誤動作リスク | 突入電流が大きいため、ヒューズ・継電器の誤動作リスクが高い | 抑制により、保護機器誤動作の余地を低減 | ただし、保護設定との整合性確認が不可欠 |
追加コスト・導入コスト | 比較的単純で低コスト | 抑制部(抵抗体、制御回路、センサ、リミッタ等)を内蔵するため高コスト | 初期費用だけでなく、ランニングコスト・保守性も含めた評価が必要 |
装置体積・重量 | 抑制回路を含まない分シンプル構成 | 抵抗体・制御部を格納するため、若干の追加スペースや重量が発生 | ただし、近年は小形化設計が進化しており、端子間寸法縮小なども実現(例:エネセーバー TES‑GB1)三菱電機 オフィシャルサイト+1 |
操作方式・機能性 | 手動操作または電動操作、引外しコイル、バリヤなど標準装備 | 従来機能に加えて制御回路、抵抗挿入回路、PTC 保護、投入タイミング制御など追加 | より複雑な設計となるため、信頼性・保守性の確保が重要 |
可用性・信頼性 | シンプル構造ゆえ故障モードは比較的少ない | 抑制回路部の不具合リスク(抵抗の劣化、回路断、制御誤動作など)を念頭に置く必要 | メーカー保証、モジュール交換性、故障時代替性などの検討が重要 |
保守・点検性 | 点検が比較的容易(接点・バリヤ清掃、動作確認等) | 抑制回路部の点検・計測(抵抗値、制御回路チェック等)も要求 | 定期点検計画に抑制部も含めることが肝要 |
既設更新対応性 | 既存 LBS をそのまま使える場合が多い | 既設 LBS から抑制型 LBS への置き換えには、取付寸法・制御配線・制御電源容量などの検討が必要 | 特に盤内部スペース、操作電源系統、余裕定格が十分か確認すべき |
適用範囲・能力限界 | 定格容量・遮断能力に限界あり | 抑制型でも定格容量、遮断能力上の制約あり。過大な突入電流抑制には限界 | 特に大容量変圧器や高短絡比条件では専用抑制装置や補助手法併用が必要 |
電力会社要求適合性 | 突入抑制要求に未対応 | 適切仕様のものは電力会社要件を満たしやすい | ただし、電力会社仕様書との整合チェックが不可欠 |
上記比較から明らかなように、励磁抑制型 LBS は、従来型 LBS に対して、突入電流・電圧変動・誤動作リスク低減、電力会社適合性向上という価値を提供しますが、その分、コスト、設計・施工難易度、保守性リスクも増加する可能性があります。
また、抑制能力は万能ではなく、抑制を設計通りに働かせるためには、変圧器特性、残留磁束、投入位相制御、抵抗値設計、制御タイミング、周囲温度・劣化などの要因を十分検討する必要があります。
さらには、すべての突入電流を抑えきるというのは物理的には困難であり、一部は抑制しつつも、保護機器設定との整合性を図るという実務設計が求められます。
導入上の技術課題・設計留意点
励磁抑制型 LBS を採用する場合、設計者・構内電気担当者・施工業者として留意すべきポイントはいくつかあります。以下に主なものを挙げます。
抑制性能の設計仕様確認
製品カタログ仕様だけでなく、実際の変圧器容量、突入電流想定値、残留磁束、投入頻度、周囲温度変動などを加味して、抑制機能が十分機能するか検証すること。制御電源容量・配線余裕
抑制回路・制御回路用の電源を十分な余裕で設計しておくこと。電源障害や電圧低下条件下でも抑制回路が動作可能であるか確認する。設置スペース・端子間寸法適合性
抑制装置分のスペースおよび端子ピッチ・固定方式等、既設盤内設置性を事前に評価する。特に既設 LBS を置き換える際には、物理的な互換性チェックが重要。熱設計および耐熱性
抵抗体や制御部は発熱を伴う可能性があるため、十分な放熱設計や耐熱仕様が確保されていることを確認。劣化・経年変化対応
抑制回路部品(抵抗、センサ、回路部品など)は経年劣化、温度ストレス、振動ストレスなどにより性能低下する可能性があるため、定期点検・予防保全計画を設計段階で考慮すること。動作モード/フェールセーフ設計
万一抑制回路が故障した場合にも、安全に動作を切替可能なフェールセーフ機構を確保すること。保護機器との整合性
抑制後の電流波形変化や遅延特性を踏まえて、ヒューズ、継電器、遮断器の設定を見直す必要がある。特にヒューズ溶断特性と抑制電流特性の整合性は重要。試験・検証
実際設備での突入電流測定、電圧低下測定、抑制効果確認、保護動作確認などを行い、仕様確認と稼働初期のフォロー体制を確立する。電力会社仕様適合確認
抑制性能、電圧変動率、瞬時変動、操作タイミング、投入方式などが電力会社の仕様書・系統連系規約に適合するかを事前に確認する。リコール・仕様変更履歴注意
例えば、エナミック製品では特定仕様のバリヤ吸湿問題によるリコール例があるため、購入時期・型式の履歴チェックが重要です。
導入事例・市場動向と将来展望
三菱電機は、負荷開閉器・断路器分野で、励磁突入抑制機能を持つ製品(エネセーバー)を積極展開しており、LBS 製品群における進化ラインアップに位置づけています。三菱電機 オフィシャルサイト+3よくある質問(FAQ) | 三菱電機 FA+3三菱電機 オフィシャルサイト+3
三菱電機・エネセーバーは、省スペース化や操作性向上、抵抗挿入方式など工夫を加えた設計を進めています。三菱電機 オフィシャルサイト+1
エナジーサポートのエナミックも、実際の市場流通実績および仕様公表が行われており、特に 7.2 kV/200 A クラスでの励突抑制 LBS 製品が販売されている例があります。
一方、電力会社側の仕様要求も徐々に厳格化しています。特に、電圧変動率制約、突入電流制限要件、保護動作誤動作リスク低減要件などが含まれ、設備側がその要求を満たすよう促されるケースが増えています(冒頭述及参照)。
将来展望としては、以下の流れが考えられます:
抑制性能・回路構成・材料の進化により、より高性能・小型化・低コスト化が進む
抑制型 LBS が一般仕様として標準化し、将来的には突入抑制機能付き開閉器=標準仕様という流れも想定される
抑制性能と連携するスマート制御、リアルタイム投入タイミング最適化、ソフトウェア制御・センサ融合技術(機械学習、予測制御など)との統合化
抑制回路だけでなく、他の突入制御技術(例:アクティブ制御、位相制御、半導体方式など)との併用・競合も展開
電力会社の系統運用との協調、突入制御仕様の標準化、相互適合性基準の整備

前田 恭宏
練習